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逃げる太陽 ~俺は名無しの何でも屋!~

逃げる太陽 ~俺は名無しの何でも屋!~

一年で一番長い日 59、60

「父は元々あまり子供に関心の無い人だったけど、ここまで非情だと思わなかったよ」
葵は言う。その声に抑揚はなかった。

「つい一ヶ月前まで俺は、芙蓉は何か事件に巻き込まれるかして、不可抗力で行方不明になったんだと思ってた。まさか、まさか父が追い出したなんて考えもしなかった。いくら無関心だからって、兄さんを追い出したなんて思いもしなかったんだ・・・」

俺は何も言えなかった。真実を知った時、一番傷ついたのは葵だっただろう。何も知らなかった、いや、知らせてもらえなかったから、余計に。

高山も、女装癖のある息子が気に入らないのはしょうがないとしても、どうして戸籍を抹消するまでのことをしたんだろう。

クソ<笑い仮面>め、あのいつでもどこでも何があってもにこにこ顔は、自分の非情さをカムフラージュするためのものなのか? だとすれば、あの仮面は--

非情のライセンス・・・?

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そういえば、天地茂はあのドラマの後、名探偵明智小五郎に扮して、変装に使った仮面を毎回もったいぶって顔からはがしていたっけ。

高山もはがせばいいのに、<笑い仮面>。・・・その下は何も無いのっぺらぼうな気がする。俺はぞっとした。何を考えているのか分からないのは変わらないかもしれない。ドラマの中の怪人二十面相の方が目的も美意識もある分、筋が通って分かりやすいんじゃないか。

もしや高山って、分かりやすい怪人二十面相ではなく、複雑な黒蜥蜴タイプ? 女王様?

・・・江戸川乱歩先生、変な想像してごめんなさい。俺は心の中で耽美な世界をこよなく愛した文豪に謝った。

「自分の子供のことをスペアとか欠陥品とか言うような奴に、親の資格はない!」
俺は言った。思わず鼻息が荒くなる。

「君たち双子は、ネグレクトに近い扱いを受けてたんじゃないか? 高山は何か父親らしいことをしたことがあるか?」
「父親らしいことって、何? 衣食住には困らなかったよ。何しろ、お金はあるんだから」

う、あらためて聞かれると困る。父親らしいことっていうと・・・

「えーっと、キャッチボールしたりとか、自転車の乗り方を教えてくれたりとか、あー、逆上がりが出来るようになるまで教えてくれるとか、うーん、それから」

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葵の顔に少し表情が戻った。苦笑い?

「キャッチボールとか、そういうのは全部芙蓉とやった。・・・そうだね、俺たちもし兄弟のいない一人っ子だったら、もっと歪んでいたかもしれないね」

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「俺、芙蓉と双子の兄弟で良かった」

そう言って、葵は寂しそうに微笑った。



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「その芙蓉くんは今どこにいるんだ?」
俺はやっとその質問をした。
「どうして夏樹くんと一緒にいない?」

俺のその問いかけに、葵は楽しげな光をすっとその目に宿らせた。おっ、また俺をからかうつもりか? だが、さっきまでの感情が燃え尽きたような虚しい表情よりずっとましだと思う。

「入れ換えるのは、<太陽石>だけじゃないよ」
悪戯を企む子供のような瞳。これが葵の本質なんじゃないだろうか。

「じゃあ、入れ替わる、のか?」
「そう思う?」

主語を欠いた俺の言葉を肯定も否定もせず、葵は首をかしげてみせる。

「つまり芙蓉くんは今、君になりすましてるんだろう?」
一卵性双生児の互いのなりすまし。究極の<なりすまし詐欺>といえるだろう。

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「俺が女装の芙蓉になりすますのは難しいけど、葵が俺のふりをするのはたやすいからね。見かけ上、男にも女にもなれる。便利といえば便利かも」

くすくすと笑う葵。

「だって、父には分からなかったんだよ、目の前にいるのが五年前に追い出した息子だって。俺、明子ねーちゃんみたいに物陰に隠れて見てたんだけど、何度吹き出しそうになったか」

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「飛雄馬・・・」って呟く代わりに「芙蓉・・・」って呟きたくなったよ俺。などと笑いながら葵は続ける。お前は一体幾つだ、葵。昭和何年生まれなんだ。それとも金持ちの息子だからDVDでも見たんだろうか、『巨人の星』。

『巨人の星』といえば飛雄馬と花形の対決だけど、明子ねーちゃんはいつの間に花形と恋仲になってたんだ。明子ねーちゃんが花形の妻になっているのを見て、俺はびっくりしたぞ。飛雄馬がアメリカに行っている間に花形がねーちゃんを口説いたんだろうか。

「高山氏を試したのか? 父親を」
それにしても大胆なことをする。パッと見分からなくても、話をすればバレないか? 俺がもし死んだ弟の真似をしても、速攻でバレると思う。いくら同じ顔をしていても、あいつは優秀だったからな。

「まあね。でも、ダメだたった。それってさ、残った息子の方にもどれだけ関心がなかったかって証明だと思わない?」

自嘲するように葵は言った。



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